ちゃんいまの、きょうコレにハッとしました!

きょうハッとしたことを記録するブログです

『舞台』西加奈子著:感情という得体のしれない何かを何層も剥がしていく行為が物を語るということだとしたら、

『舞台』を読んだ。

なんて、面白くて、笑って、泣ける小説なんだ。

どうしたらこんな小説が書けるんだ!?

 

そう思ったのが、数ヶ月前。

 

どうしてこんな小説が書けるのか何かを見つけたくて、

もう一度読み直した。じっくりは、読めていないんだけど、

でも、あの時はわからなかった、何かは気づけた、気がする。

 

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西加奈子さんの『舞台』。

この物語の主人公は葉太。29歳。

彼が、憧れの地「ニューヨーク」に到着したその日に、

物語は始まり、しかも最高潮さえ迎えてしまうの。

 

西さんの小説はこれまでに数冊は読んでいたんだけど、

(もちろんそれまでも面白く読んでいたんだけど)

この『舞台』という小説は、読みながら本当に声を出して笑ったし、

ボロボロも泣いて、本当の意味で西さんの小説の面白さを知った本。

 

今回のハッとしたのは、

この本は「恥」について描かれてる。

でも、もしかしたらそれしか描いていないと言ってもいいのかもしれない。

ということ。

 

にもかかわらず、こんなにも深く感情に突き刺さるし、

ニューヨークという地での物理的な物語だって進行していく。

しかも、根底にあった「父」との関係も浮き彫りなるし、

さらに、

彼がその「恥」という感情から脱却しようとするとき、

彼という人間の成長の瞬間ににだって立ち会うことになる。

結果「恥」という感情を描いてるだけなのに、ひとつ一つ全てが結びつき、

必然になって、とんでもなく豊かなで緻密な物語となり、突き刺さる。

 

 

西さんの本ってすっごくすっごく面白い。

西さんの小説って、もしかしたら、

人間が誰しも一度は持ったことがあるであろう感情を

西さん特有のコトバという武器で、その実態のない得体のしれないものの薄皮のを丹念に何枚も何枚も剥がしていく行為なんじゃないかと勝手に思った。

 

「どうしてその感情が生まれるのか」って、突き詰めたらおそらく本当に複雑でしんどい。

生まれるに至った背景(例えば『舞台』なら「父」)、生まれるに至ったきっかけ

(『舞台』ならニューヨーク初日)つまりは、もう一つの感情が生まれるのを

本当に本気で書くのであれば、きっと彼自身を、彼のこれまでの人生を、

的確に描かなければならない。それはきっと想像を超えるほどしんどい。

にもかかわらず、私たちが西さんの小説で本気で笑えてしまうのは、

その感情を表現する言葉たちがあまりにも的確で、

そして、その的確差がでもはや凡人の私が気付かないレベルの相当な緻密さであるが故に、

自分もなんだか「うん、わかる、わかる!!」なんて

勝手に経験した気持ちに(させてもらってるのにも気付かないで)なって

(十分すぎるくらいにわかってしまって、)笑ってしまうのだろう。

 

感情をとことん描くことって、

人間の恥ずかしい部分を描くことでもある。

人間を本気で描くことでもある。

だからこそ、(自分も大した人間ではないからこそ)私たちは西さんの小説に出てくる登場人物たちを嫌いになれない、好きにはならなくても、すごく愛おしく思えてしまう。

 

 

感情という得体のしれない何かを何層も剥がしていく行為が

物を語るということだとしたら。

 

テーマとか、伝えたいこととかもちろんあるんだけど、

そのためにはやっぱりどうしたって感情を描いていく必要があるんじゃないだろうか。

逆に感情がきちんと描けていればきっとそれは物語を描けているってことになるんじゃないのだろうか。描けなければ、物語は単にあら筋になってしまう気がする。そして、その感情をどう見せていくかが、演出なのかな。

(うー、もっと突き詰めたいが、今日はここまで。)

 

 

最後に、覚えてて笑ったとこ載せまーす!!

ね、すごく的確な言葉で、「恥」についてレトリバーを用いて描いているよね!?あー笑った。レトリバーの顔が浮かぶ。笑。

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