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ちゃんいまの、きょうコレにハッとしました!

きょうハッとしたことを記録するブログです

杉本博司「ロスト・ヒューマン」@TOP MUSEUM:変わらないんだけどみおわった私はきっと変わっている気がした、ひさしぶり現実。

art

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東京都写真美術館

いやー、すごかった。圧倒的。

写真禁止の展覧会をもしかしたら久々に見たかもしれない。

 

 

足を一歩踏み入れたらそこは

「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない 」の世界。

展開される、世界の終わりの33の物語たち。

置かれたものたちがあんまりにリアルで精密すぎて、

しかも、それは、とんでもない労力と思考量の元に作られたということが

すぐに想像がついて、杉本さんって方はどれだけの思考量をもっているんだろうと

勝手に私はその思考量と作業量と思って途方に暮れそうになった。

 

 

帰りがけにみた挨拶文には

「一番最悪なことを予想したから、みなさんはこれが現実にならないように頑張ってください」

みたいなことが書かれていて、これにも圧倒されてしまった。

メッセージみたいなものを受け取ってしまった。

私が、この最悪のシナリオを救う地球防衛軍になれるかはわからないけど

この展覧会で杉本氏はしっかりとメッセージビームを出し続けていて

私はちょっとでもそれに、触れた。

そのやりとりが、きっとこの展覧会を訪れたひとたちにもきっとあった、と思う。

それを考えると、なんか、うれしかった。

 

 

続いては、「廃墟劇場」。

共通はどの廃墟劇場の写真もスクリーンが広く光っていること。

その非現実性がいろんな想像を連れてきた気がした。

 

 

そのメディアでやる意味(写真なら写真でやる意味、映像なら映像でやる意味)

みたいなものを考えるんだけど、

これは肉眼ではきっと見れない景色で、写真だからこそ観れる景色をみた体験に

やっぱり来てよかったと思った。

 

 

裏には仏像の写真。続く、続く、続く、同じ写真たちに、

なんだか、時間がゆがんで、一瞬なんだか永遠なんだか時間がとまったんだか

不思議な空間のなかにいるかんじ。

 

 

「ふー。」

 

会場をでて、現実の光を浴びたら、

なんだかタイムスリップから現実に戻ってきたひとみたいな感覚。

心地よい疲労感とともに、ひさしぶり、現実。

 

 

芸術のチカラを借りれば、

わたしたちは未来だって過去だって、いろんなものが行き交う空間だって

どこにだっていけるのかもしれないな。

 

 

はー、それってすげーな。

 

 

いって、よかったな。