ちゃんいまの、きょうコレにハッとしました!

きょうハッとしたことを記録するブログです

『夫のちんぽが入らない』こだま著:普通じゃないと傷つく生き物と大人であると言うこと。

本日『夫のちんぽが入らない』という本を読んだ。

 

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途中で涙が止まらなくなってしまって、

読んでいたチェーンの喫茶店は仕事帰りのサラリーマンで少し混んでいて

人目があって恥ずかしかったけれど、

続きを読みたくて、こっそりハンカチで涙を何度も拭きながら、読んだ。

 

『夫のちんぽが入らない』は、作者のこだまさんの実体験をもとにした私小説

とても話題になっていたから、もちろん作品は知っていた。

でも、まさか、自分がここまで心が揺さぶられるとは読んでる途中までは思いもしなかった。

 

物語は、大学進学ともに主人公が上京したところから始まる。

隣の部屋に住む、一個上の先輩に恋をし、

「兄妹みたい」と言われた二人はすぐさま恋人になった。

でも、二人はいわゆる普通のセックスができなかった。

そんな二人の20年にわたる物語。

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映画『愚行録』:見ながら考えた、わたしの「世界」のつくりかた。

昨日、「愚行録」を見ました。

本当にすっごっく面白かった。

軽く見るつもりが、ワンカット目から引き込まれ、気づいたら見入ってた。

面白い映画って、見続けられる引力がずっと続く。

それは時にストーリーで、時にとびっきりの役者の表情や演技で、

時に今までと違う世界の見え方が自分の中に入ってきたときでもあるかもしれない。

 

「愚行録」を見たあと、

これって、人間の嫌な部分・人間の本性的な部分をずーっと描いていて

気づけば、残酷に残酷が積み重なっていく。

本当にこんなことできるかな、人間ってこんな恐ろしいことできるてしまう

生き物なのかって考えてしまった。

 

そして、映画を観て考えていたら、

私の「テーマ」っていうものの捉え方が変わってしまったので

書いておきたくなってしまった。

昨日初めて「テーマ」ってものがこんなに重く、根深く、

作品に張り巡らされるものだって、初めて知った。

 

 

この「愚行録」という映画は、

一年前に起こった一家殺害事件の真相を暴こうとする記者と

被害者一家をよく知る友人たちの証言たち、さらに記者の妹も絡み合っていき、

気づけば、事件の真相に近づいていく。というお話。

 

 

1カット目から、とてもドラマチックで、

そのドラマチックさに、あっという間に作品の世界に吸い込まれ、

物語が始まりだす。

 

仄暗いんだけど奥の方で艶かしく輝いている美しさと、

女優の毛穴まで見えてしまうハッとする生々しさが同居する映像の中で、

登場人物たちは、自分しか知らない、あいつの隠れた部分を語り始める。

「あいつ、本当は、こんな人間だったんだよ。」

物語はどんどん、人間の隠された、奥の奥に迫っていって、

不意のドラマチックさが、そのあとの残酷さをきっと引き立たせ、

音楽が残酷さをしっかり届けてくれる。

 

そして、気づいたんですよ。

テーマが全部を決めてるんだって。

 

テーマを表現するためにストーリーが用意され、

テーマを表現するために映像のトーンが決められ、

アングルが用意され、役者の表情、声、動きが、音楽が重なり合って、

で、それって全部「人間の本性を暴き出す」ってことに注がれている。

テーマってそれくらい深く深く物語の世界観を支えるもので、

そのテーマが重く、深く、複雑であればあるほど、

つまり描くのが困難であればあるほど

様々な描く方がある故に、映画自体もきっと深みを増すのではないか。

(ごめんなさい、よく考えたら、当然のことなんですけど。)

 

この映画でいうと

人間の嫌な部分、隠された部分がどうしたら現れるのか、

どんな話にしたら、どんな表情をしたら、どんな映像のトーンにしたら

このテーマが炙りだされるのかを、映画全部でやろうとしているんだなって。

 

テーマ=物事を判断する基準と言えるかもしれない。

 

以前に、

小さくて指摘しなくてもいいかと思っったことでも、

例えば100個指摘して修正したら、きっと違うものが出来上がっているって

ツイートを見て、まさに世界を作るってそういうことだなっとだなって思って、

 

あと、

こまめな日常をしてくことが結局は人生の大局を決める。

小さな日常が、いい加減では、大いことは成し遂げられない

っていうツイートもあって、

 

 

概念での「日常を丁寧に送ることが大切」ってのは理解してても

実践ってすごく遠いものに感じていたんだけど

もし、「愚行録」が細かいところいい加減だったら、

決して私の見た「愚行録」にはなっていないんだよな。

あんなに細部までこだわったからこそ、テーマが作品中にはりめぐらされ、

結果、「愚行録」という世界が出来上がって、

やっと、描きだそうとしているものが見えてくるんだよね。

 

 

だから、何かを決める基準や

やがて「世界」を作っていくんだとしたら

 

じゃああたしのテーマってなんなのだろう。

まあどう生きるかってことなんだけど。

表現したいテーマがはっきりしているほど、

きっと私のメイクや服装や時間の使い方は

それをあらわして、細かい部分まで決めていくことができて、

私はだんだんテーマと同化していって、

それは、きっと、いつしか私のスタイルとなって、

やがて「私の世界」が出来上がるのではないだろうか。

 

 

しかも、その「世界」ってものは

きっと細部のほんの小さなところを一つひとつ積み重ねていくことで

やっと見えてくるものなんだ。

だから、そこまで見てないよ、とか、こんな小さなこと気にしないとか

そういうことが自分を作っているなら、

やっぱり小さいことこそ大切にしなきゃダメだ。

 

作品も、私の世界も、作り方は同じなのかもしれないなって

 

 

話すごい飛んじゃったけど、これはハッとできてすごくよかった。

まだまとまり切っていないんだけど、載せますね。

また自分の中で、もうちょっとまとまったら書けたらいいな。

 

 

映画『リバーズ・エッジ』:一度も時計を見なかった私と物語のチカラと突然の決意。

『リバース・エッジ』を見た。

出てくる登場人物、それぞれが愛おしくって、

思い出すとなんだかあったかくなるというか。 

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わたしはあんなヒリヒリでスリリングな日々は体験なんて出来なかった

平凡のすぎるくらい平凡な高校生だったし、

特に誰かに感情移入とかも出来なかったんだけど、

でも、とにかく、

私はこの映画を観ている間、時計を1度も観なかった。

 

岡崎京子さん原作の、映画『リバーズ・エッジ』。

岡崎さんの漫画って、心を掴んでしまうパワーがある。

そんなハードル高い原作が、どんな映像になっているのか知りたくて見に行った。

 

結果は、

すごくすごくうまい(技術が)映画”

だと思った。

青春映画なんだけど、荒削り感は一切ない気がした。

(※映画としてとても成熟しているということです。いい意味です。)

 

2時間、しっかり物語は進むのに、全く飽きないし、

あ、そろそろ終わりかなと思って

どんな終わり方をするのだろうと思っていたら

あの主題歌が流れて、カメラがぐーんと上を向いて

それがやっと見えた希望みたいに感じられて、瞬間、

映画が終わった。

 

若い頃の、あの何にも分類できないと思える時間。

私はあんな時間は過ごしていないけど、わかる。

それは、きっとあらゆる本や映画や舞台が

そんな時間をきりとって表現してくれたからなんだ。

実際に私が感じたのは、たった一瞬、それもなんだか心に通りすぎただけ。

(もしかしたら、表現のおかげで、そういう若い頃特有の感情や時間を

青春だって思わされているだけかもしれないけど。)

 

でも物語のおかげで、

こんなものすごい体験を本当にしなくても済んだのかもしれないし、

やりきれないものを抱えながらも、

恋愛やドストライク青春に逃げ切ることも出来なかったあの頃のわたしには

あらゆる表現がある種の救いみたいになっていたんだなーって。

と今更気づいた。

 

役者はみんなすごくよくって、

本当に役として存在することができる人たちで、すごかった。

存在出来ていなかったらあのインタビューシーンなんて演じられないよね。

久々にかっこいいと思える男の子がたくさん出ていた。

観音崎くんは憎めないし、山田くんの好きな人のあの撮り方は最高ですね。

二階堂ふみさんは大女優だと思いました。

そして、世界観を完璧に作り上げた監督や脚本

音楽(弦楽器だと少しロックの匂いがした!)映像、美術・・・

全てのスタッフワークが技術がとんでもなく高くて、

だからこそここまで素晴らしく世界観が表現されているんだなと思ったし、

そういう意味で映画としてとても完成された映画だって思ったんです。

 

今、自分はなんのために今の仕事をしているんだろうって

すごく考えていて、若い人もとてもすごい人が多いし、

技術も、経験も少ない私は、いい歳なのになんでこんなへばりついてまで

今の仕事にしがみついてるんだろうってすごく思ってて。

恥ずかしいし、でも、やめたいかって言ったら今のままじゃ絶対やめたくない。

私には、見たい景色があるから。

誰かや何かの新たな一面が引き出されるようなものを作りたいし、

誰かの応援歌になるようなものを作りたいし、

いつだって愛に溢れたものを作りたいし、

まだまだ見たい、作ってみたい景色が私の中には埋まってるんだと

新宿のカフェの隅っこで気づけて、

だから、そのために私は今の仕事を頑張ろうと思えました。

 

もう若いことも誰とも比べなくって、

自分がいいと思うものだけにフォーカスしよう。

感動できる自分でいたいし、そのぶんいろんなものを経験出来ていないかもしれないけどでも、それでも、たまにはそんな奇妙な子供みたいな大人がいたっていいじゃないか。

 

なんかリバーズ・エッジとも関係なくなっちゃったけど、

でも、これは、私は時計を1度も見なかったくらい

画面を見続けた映画でした。

 

 

 

 

 

『サラバ』西加奈子著:サラバを見つけ出すというながいながい旅

ずっと強い人に憧れていた。

さっさと決断できる人、自然体で堂々をしていられる人・・・

私にあるのは、やりたいことだけで、でも成し遂げられていないから自信はなくて

いつも強くつよくなりたいって思っていた。

 

そして、『サラバ』に出会った。

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『舞台』に続いてこの本もとんでもなく素晴らしく、

(上・中・下の)「下」の特に後半からは(ちょっと読むつもりが)泣き続け、

一気に読んでしまった。

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『舞台』西加奈子著:感情という得体のしれない何かを何層も剥がしていく行為が物を語るということだとしたら、

『舞台』を読んだ。

なんて、面白くて、笑って、泣ける小説なんだ。

どうしたらこんな小説が書けるんだ!?

 

そう思ったのが、数ヶ月前。

 

どうしてこんな小説が書けるのか何かを見つけたくて、

もう一度読み直した。じっくりは、読めていないんだけど、

でも、あの時はわからなかった、何かは気づけた、気がする。

 

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『ピンヒールははかない』佐久間裕美子著:かっこいい!憧れちゃう!素敵な女性たちの生き方の話を聞きに。

かっこいい・・・!

その言葉が素直に似合う本に出会った。

 

自らをトムボーイ(おてんば、男まさりとの意味だそうです。)と分類する

著書佐久間裕美子さんと彼女の友人たちが、
人生で出会う女性の諸問題について、どう考え、どう行動していったのか
どの問題も対等に、彼女ならではの気持ちいい正直な文章で
カフェでおしゃべりしてるみたいに私たちに伝えてくれる、そんな一冊。

 

♪ジャン、ジャ、ジャン、ジャン〜

はい、質問です。(もちろん、あの人を思い浮かべて!)
ある程度の年齢になって、キャリアとプライベートについて悩まない女性なんて
いるんでしょうか?(もちろん、それぞれの立場は違えども。)

かくゆう私こそ、まさに、そのひとり!!
ええ、ちょっとばかし悩んでおりました!!

 

最近Numeroで「変わりゆくフェニズム」の特集を見た。
産むこと・産まないことについての本(犬山紙子さん本は読破済)もよく見かける。
発売時は気にならなかった『LEAN IN』も読んだりしてみた。

(ええ、私も年頃になったということでしょう。)

 

女性の生き方についていろんな考えが知りたくて、
そんな中であったのがコレ!!

 

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そう、『ピンヒールははかない』。

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あいみょん「君はロックを聴かない」:はー、最高。なんどもなんども新しくしみわたる、歌

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はー、本当にいい曲。

 

いつ聴いても、聴いた瞬間、

懐かしい場所にもっていかれる感覚。

 

 

 すてきすぎてなける。